ナチを欺いた死体

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「ナチを欺いた死体 英国の奇策・ミンスミート作戦の真実」ベン・マッキンタイア―

いや~、この前の「スエズ運河を消せ」が随分面白かったんで、似たものはないのかと探したところ、すでに映画化もされてる有名なノンフィクションがあった。

 

スエズ運河を消せ」と同じく第2次世界大戦、連合国側と枢軸国側との戦争はいよいよ最終決戦を迎えつつあった。

北アフリカに集結していた連合国側はイタリアのシチリア島への上陸作戦を敢行しようとしていたが、これは防御側が圧倒的に有利であり、もし枢軸国側のナチスドイツが"ちゃんと防御"していればかなり無理な作戦であった。そもそもシチリア島は枢軸国側にとって弱点であることは誰の目にも明らかであったのである。

 

この状況を少しでも変えるために、連合国側は北アフリカからシチリアを迂回するルート、つまりギリシャサルディーニャ島へ進撃するという「ウソ情報」をなんとかナチス側に信じ込ませたかった。

 

さて、そのウソをどーやって流布するか。この作戦を指揮したのは映画007のモデルとなった英国情報局MI5,MI6であり、その中心人物はモンタギューとチャムリーの2人である。

その2人のアイディアは、たまたま飛行機事故で死んでしまったイギリス将校にウソの機密情報を持たせて、スペインの海岸に死体が流れ着き、偶発的を装ってナチスドイツ側に先に発見させる、というものだった。

 

では、実際にどーすべきなのか…?

連合国側のトップへ"進軍先のシチリアは偽装で、ホントはギリシャサルディーニャだよ"という最重要機密を扱える将校はかなり上のレベルが必要である。ナチス側もイギリス軍将校の名簿なら持っているので、架空の人物ではまずい。では誰が死んだことにするのか?

機密の観点から英国軍でも作戦を知っている人間は最小限にとどめたい。しかし実在の軍の偉い人が死んだら皆がそれを知ることになるがどうするのか?

その手紙は誰が誰宛に書くべきなのか?

その手紙の内容は具体的すぎると怪しまれるのでどのぐらいのレベルで匂わすのか?

ポケットには日常生活のこまごまとした"証拠品"を入れるべきだが、何を入れるべきなのか?

海に流した死体をどうやったら"偶然"発見してくれるのか?

海に浸かった手紙は読めるのか?防水加工をすると怪しまれないか?

…などなど、クリアしなければならない問題は山ほどあった。

 

そして、一番の問題といえるのは死体の調達であった。いくら軍の情報局といえど勝手に病院なんかから死体を持ち出すことはできない。現場で混乱があっては情報が洩れるし、そもそも遺族が反対するだろうし、協力的であっても遺族から情報が洩れる可能性はある。墓場から掘り返しても腐っていてはナチス側の検死で怪しまれる。

 

んでもって、なんでスペインの海岸?という理由も2重3重に手が込んでいた。スペインは当時中立国であったが、内情はほぼナチス寄りであったし、スペインのどこの地域どんなスパイがいるのかはイギリス側もつかんでいた。

そこで、功名心が強くナチス側に信頼の厚いナチス・スパイが根を張る海岸に死体を送り届けようとしたのである。

 

そしてついに作戦が決行される。スペインの海岸で死体が発見され、その死体と機密情報が書かれた手紙はスペイン軍が保管することになるのだが、"親切にも"スペイン軍はイギリス側に即時引き渡そうとするのである…その後の展開はぜひ読んでもらいたい。

 

”最も奇想天外ながら、最も成功した欺瞞作戦”

という本の帯から結果は容易に結果は想像がつくと思うが、その死体を海に流すまでの紆余曲折はそのままスパイ小説であり、さらに死体を発見してから情報がヒトラーに届けられるまでの流れは劇的で、まさしく"事実は小説より奇なり"。

 

ただ、この本はハードカバーで450ページを超えるので量もあるし読みやすくもない。

登場人物も多いし、その登場人物の心理的背景を描くために各人物像を詳細に説明していくため、なかなか話が進まないとゆーのもある。

例えば作戦の中心人物であるモンタギューの実の弟は、ガチガチの共産主義者国際卓球連盟の初代会長(!?)であるのだが、兄弟は仲が良かった。当然、英国情報部としては弟の存在が気が気でなかった。そういった複雑な人間関係と心理が本書の面白さといえる。

 

実際の死体となった人、さらにはナチス側の情報将校の人間模様はノンフィクションでありながら文学的な読後感がある。

 

スエズ運河を消せ」のエンターテイメントと比べると、本書は陰気で変態チックなんだが、それがまた英国らしくて俺は好きである。 

 

オススメ度★★★(未読なら送り付ける)