ミニバンのオイル交換に立ち寄った自動車工場で
「タイヤ、パンクしてますけど…」
え~…!?確かに右側のタイヤの空気が抜けてる感がある。あれ?後ろのタイヤも?
「たぶん、コレ、右側の前後のタイヤで釘か何か踏んだんじゃないですかねぇ…」
クソぉ…また余計な出費が…
…まあパンクはともかくですね、これまでのシステム論をまとめますと、まずは図1になります。
え?これ関数じゃね?というご指摘は正しい。
こんな単純なの?と言われそうですが、システム論の基本はこんな感じです。
例でいえば、サイバネティクスの説明ん時に、エアコンの話をしました。
部屋の気温が10度のとき、エアコンの設定温度を20度にしたら、20度になるまで温め続ける、という話です。
これを図1で考えますと、
入力=気温
四角X=エアコン
出力=あったかい空気
となります。
もし、入力値である気温が20度を超えると、出力が止まるシステムと言えます。
実際の機械はもっと複雑ですので、少し付け加えると図2になります。
単純に図1が二重になっただけです。
上記のエアコンの例でいえば、24時間つけっぱなしの場合はタイマーで切れるとしましょう。
このとき、
はじめの入力は気温ですが、これが何時間経過したか、という入力値が加わることで、少し複雑な機械の動きになります。
この図1と図2で説明できないのが自己組織です。
自己組織は図3のようになると思います。
図2に似てますが、図1と同じ入出力に加えて、四角Xの出力がそのまま入力にもなっています。
これは何か?と言えば、自らを省みる、という意味です。
自己組織の例でいえば、四角XをG監督としますと、
入力=他人の言動
四角X=G監督
出力=G監督の言動
となりますが、G監督自身でこの言動は自分らしいのかと自問自答する=自ら省みる、という流れがある、ということになります。
図3は理屈の上では、もはや現在の機械・AIでは無理、いわゆる第5世代人工知能じゃないと無理という話になります。
これまでのシステム論は図1~3なんですが、共通しているのは入力と出力があることです。
言い換えれば、システムとは環境に反応するものです。
ここでの環境とは、システム自身が制御できない全てを意味します。
エアコンの場合は、外気温は制御できませんし、G監督システムにおいては他人がどう考えるかは制御できません。こんなふうに、システム自体で制御できないがシステムに影響を与えるものを環境と呼びます。
つまり、システムとは環境の中にあって、その中で何からの答えなり結果=出力を生じるもの、です。
ちなみに、これを開放系システムと呼びます。
(※物理学的に開放系・閉鎖系の定義がありますが、システム論の場合はちょっと意味合いが変わっています)
さて、システム論の最後、オートポイエーシスという話がでてきます。
オートポイエーシスとは何か。
生物学の学者さんが唱えたんですが、システム論の当初の目的である生物とは何か、という疑問に答えたかたちで、生物の神経系の発達には入力も出力もないのだ、と。
神経系や免疫系の発達を観察すると、自らがつくりだしたものに自らが対応するかたちで発展していくという過程をたどると説明しています。ただ、俺はこの話が理解できてません。
図にすれば、図4になると思います。
どーゆーこっちゃ?と言われても、俺もよくわかってないので何とも言えませんが、この自分の出力がそのまま入力になる円環的システムといえますし、入力と出力は存在しないともいえます。
なので、このシステムにおいて制御できない環境は存在しません。システムに影響するもの全てはシステム自身が生み出します。
これを閉鎖系システムと呼びます。
ちゃんと説明しろや!という方はwikiでもいいですが「松岡正剛の千夜千冊」がよくまとまってると思います。
…で、これ一体なんの話?
というご指摘は正しい。