人生に意味があるか論 その3 社会科学

俺の社会学の印象はパオロ・マッツァリーノ反社会学講座」とほぼ同じです。
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全部読むのが面倒ならば「第1回 なぜ社会学はだめなのか」だけでOK。

反社会学講座 第1回 なぜ社会学はだめなのか

要するに、
社会学って社会科学って言われるけど科学って何?単なる感想文じゃね?
という疑問は多くの人が感じてると思います。

 

フツーの人が抱く科学の印象って、白衣着て眼鏡かけた人が研究して、なんかスゴイ科学技術を生み出す的な…感じじゃないかと思うんですけど、社会科学系は全然そんなことはありません。

 

んじゃ、科学って何なの?という話になるんですが、
単純に言って、科学とはものごとを説明する方法のひとつです。

 

現実世界で「なんでこんなことになったの?」という説明は、別に神様が登場してもいいんですが、現代では科学的手法で説明した方が皆納得しやすいから科学がエライんだ、というだけです。

んじゃ、その科学的手法って何?といえば2つあります。

 

1、演繹法
とりあえず正しいと決めたルールに基づいて理屈を積み重ねていく方法。
数学なんかはコレです。
利点は理屈として最強。欠点は融通がきかないので現実に対応しにくい。

 

2、帰納法
観察したら、皆そうだから、多分、みんな同じという方法。
観察した白鳥がみんな白かったから白鳥は白い、というのはコレです。
利点としては現実に対応しやすい。欠点は例外が発生しやすいので理屈として弱い。

 

科学ってのは演繹法帰納法か、いずれかです(キッパリ)

 

いや、ちょっと待て。違う説明方法もあるよ、というのが社会学です。

皆が納得いく説明ってならば「解釈」ってのもアリじゃね?というワケです。

 

社会学が流行ったきっかけはマックス・ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」からです。

 通称「プロ倫」。薄いんですけど予備知識がないとやたら難しいです。

 

ともかく、この本をまとめるならば、
 キリスト教の一派プロテスタントって、金持ちが多い気がする。
 ↓
 なぜなら、プロテスタントの教義って"仕事しろ。無駄遣いするな"だから金持ちになるでしょ?
という内容です(キッパリ)

 

…なんでこの内容がそこまで衝撃的なのか?といえば、なんか皆、その説明で納得しちゃったからです。

 

別に演繹的でもないし帰納的でもない。客観的なのか微妙な「解釈」で、皆が納得せざるを得ないというパワーがあったわけです。
そこから有象無象の社会学爆誕していくことになります。

 

「でもさ、やっぱ科学っていえば数学、物理学や化学とかじゃね?」

という感想は正しいと思います。

 

世界大戦において、化学による毒ガス、物理学におけるレーダー開発や核開発の圧倒的威力は社会学とかどーでもいいレベルですし、今のコンピュータなんかも同じです。

 

科学というのは単なる"説明"なのですが、物理・化学の場合、100%再現ができるという性質があります。科学的な手順であれば誰がつくっても爆弾は爆発するし、毒ガスはつくれるのです。これ自体が強大な社会的影響力を持つので、人文分野などカスみたいなもんと言われても仕方ないでしょう。


結果、社会学って単なる感想文か読物じゃね?と蔑まれるようなったワケです。