去年に読んだ「裸足で逃げる」の
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対になる本だという 打越正行「ヤンキーと地元」
「裸足で逃げる」は、沖縄のヤンキー少女の生態?を描いた本だが「ヤンキーと地元」は沖縄のヤンキー少年の生態を描いている。
この2冊の著者、上野陽子と打越正行はお互い沖縄で社会学研究者として協力関係にあるらしい。
「裸足で逃げる」は少し感傷的な内容もあったが、本書は良く言って客観的、悪く言えば冷淡にヤンキーの様子を描いている。
まあ社会学者の本なので、誇張のない内容だろうと思われる。
その分、なんというか…読み物としては盛り上がりがないヤンキー小説のようにも思える。
そりゃまあ、シンプルにダメ人間の現実ってこうですよね的な内容である。
俺としては、本文よりも最後のオマケ、
「補論 パシリとしての生きざまに学ぶ」が面白かった。
著者の打越正行は、社会学者として沖縄のヤンキーを観察対象としたとき、パシリになる道を選んだ。
大学の研究者として、二十歳に満たないような少年と一緒にバイクに乗って警察のお世話になったそうである。
それも10年以上!広島と沖縄のヤンキーのパシリを続けたそうである。
何故にパシリ?といえば、人間の集団を観察するとき4つ立場があるという。
1:「つかえる外部者」
2:「つかえない外部者」
3:「つかえる内部関係者」
4:「つかえない内部関係者」
このとき、多くの研究者は1:「つかえる外部者」になろうとする。
しかし、それでは組織内部の本音は知りえないのでは?とは誰しも思う。
なので、内部関係者になる必要があるとするのだが3:「つかえる内部関係者」になってしまえば、対象者と同じになってしまう。
あくまでも観察者としての立場で本音を知ろうとするなら4:「つかえない内部関係者」であるべきだ!
具体的には「パシリ」になることだ!
その後も、パシリとは何かを社会学的な学術用語を交えて定義しようとするのもなんかバカバカしいように思えて良い。贈与の思想なんかを持ち出してきて、良い得て妙というか…まあ社会学ってこういうクソ真面目な変態が面白い。
さらには最後、文庫本の解説者に”打越君は中学まで地元のヤンキーたちのパシリだったから慣れてるんだ”という身もふたもないことを書かれててちょっと面白い。
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山田五郎「機械式時計大全」を読んで以来…やっぱり腕時計に何百万っておかしくね?
という疑問が頭を離れない。
俺のレベルだと機械式時計の仕組みはよくわからない。
うーん、なんでこんな腕時計に一千万とか払うの?
という疑問に答えてくれそうな本を読んでみた。
ヒロユキ「アニメ化4作品のマンガ家が腕時計にハマった結果5000万円の借金をつくった話」
タイトルが長い…。
ちなみに、この人の漫画もアニメも見たことなかった。
てっきりマンガだと思ったら活字、エッセイ本だった。
果たして、内容は期待通り、めっちゃ薄い。
著者も俺と同じく、機械式時計の仕組みもわからないし、何がそんなにいいのかわからない。
しかし、カッコイイから買う、という。
買ってみて、腕に装着した瞬間に脳汁が出るという。
しかし、一本500万円を超える超高級時計の世界、お目当ての時計を買うには、まず欲しくなくとも店員との信頼関係?を結ぶために何本かは腕時計を買わなきゃならないという。
高級時計の希望モデルを買おうとしたら、まずは店員が在庫処分しようとしたとしか思えない2千万の腕時計を即決で買わなきゃ相手にしてもらえないという驚異的なセールスを受ける。
本書では希望モデルのブランド名をボカしてあるが、世界最高峰のスポーツモデルというあたり、おそらくパテックフィリップのキュビタスかノーチラスだろう。
だったらそれも1千万じゃ買えない。
…あ、こういうの、エルメスで似た話読んだことあるぞ?
エルメス君
note.com
まあブランドのセールスってこういうことなんだなぁ、とつくづく思い知らされる。
いや~俺の知らなくていい世界がいっぱいあって凄いなぁ。
と思いつつも、ふと考えたら金融とか不動産もそういう世界だよなと思う。
バンバン取引したからこそ表に出ない商品を銀行や証券会社、不動産会社がこっそり出してくることがある。